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仙台高等裁判所 昭和32年(く)5号 決定 1957年4月11日

少年 B(昭和一六・七・一九生)

主文

原決定を取消し、本件を福島家庭裁判所に差し戻す。

理由

本件抗告の理由の要旨は昭和三二年二月一五日福島家庭裁判所の為した、少年を初等少年院に送致するとの決定は著しく不当であるというのであるが、その不当な理由を示していない。そこで申立人T子を当裁判所に喚問して事情を聴取したところ、少年の両親(本件申立人)は劇団を組織して東京都を中心に各地を巡業し、その間少年を老令の祖母に預けたまま年に三、四回程度帰宅するだけでその保護監督に著しく欠けるところがあつた。その故に少年を本件の非行に走らせる結果となつたのであるから痛くその責任を感じている。そこで今後は母T子が劇団から身を退いて少年と同居し、東京都に居を移して環境を変え、学業を続けさせると共に十分監督を加えて更生させたいということである。そして記録によれば少年が本件の非行を重ねるに至つたのは前記のとおり家庭には老令の祖母のみでその保護監督が不行届であつたことが根本的原因であつて必らずしも性格的に異常とか特に悪質のものとばかりは認められない。もし申立人の具申するとおり実母の膝下に置いて家庭環境及び交友関係を調整して学業を続けさせ、愛情を以て補導訓育するならば未だ可塑性に富む少年をして飜然解悟せしめその生活態度を根本的に改めるとともに強固な意思を養成することが必ずしもでき得ないこととばかりは認められない。かように考量するならば原決定が少年を初等少年院に送致することとしたのは必らずしも当を得たものとはいい得ないのであつて本件抗告は結局理由がある。

よつて少年法三三条二項に従つて原決定を取消し本件を原裁判所である福島家庭裁判所に差し戻すべきものとして主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 斎藤勝雄 裁判官 有路不二男 裁判官 杉本正雄)

別紙一 (原審の保護処分決定)

○主文および理由

主文

少年を初等少年院に送致する。

理由

(非行)

少年は、

一、昭和三一年二月六日頃○○市×町地内の○○神社境内において、E子(当時一六年)に対し、「お前は何故F子を殴つた。今度は俺が殴つてやる。」と言つて、右Eの顔面を手拳で殴つたり、腰部を下駄ばきの

まま蹴つたりして、同人に対し、口唇挫創等の傷害を与え、

二、C、Dと共謀して、昭和三一年三月一五日頃○○市△△地内において、A(当時一五年)に対し「おい、どつこいどつこいで張らないか。」と言つて、同人の頭部その他を手拳や下駄ばきのままで殴つたり蹴つたりして、同人に対し、全治まで約二週間の治療を要する後頭部裂創等の傷害を負わせ、

三、昭和三一年四月二八日頃○○市××町所在の○○酒店前の道路上において、G(当時一六年)に対し、「金を持つていないか。」と言掛をつけ、無抵抗の同人の顔面を手拳で殴打して、同人に対し、全治まで一週間の加療を要する上口唇挫創の傷害を蒙らせたものである。

以上の各事実は、いずれも刑法第二〇四条(二の事実については同法第六〇条をも適用)に該当する。

(問題点)

一、保護者の放任と保護無能力

二、家庭環境の不良

三、集団的不良交友

四、怠学

五、非行の早発と継続

六、少年院において

A 中卒程度の学力の付与

B 職業補導

C 不良性格の矯正

(適条)

以上の点から、少年に対しては少年法第二四条第一項第三号を適用して主文の通り決定する。

(昭和三二年二月一五日 福島家庭裁判所 裁判官 吉永順作)

別紙二

(差戻後の原審の保護処分決定、報告事件第四号)

○主文および理由

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

(非行事実)

少年は、

第一、昭和三一年二月六日頃○○市×町地内の○○神社境内においてE子(当一七年)に対し、同女が少年の友達であるF子を殴つたということで腹を立て、Eの顔面を手拳で殴る、腰部を下駄ばきのまま蹴るなどの乱暴を加え、同女に口唇挫創等の傷害を負わせ、

第二、C、Dと共謀のうえ、同年三月一五日頃同市××字△△地内において、A(当一七年)に対し「どつこいどつこいで張らないか」と一対一の喧嘩をしようという意味のことを言つて、同人の頭部等を手拳や手にもつた下駄で殴りつけ、同人に対し、全治まで約二週間の治療を要する後頭部裂創等の傷害を負わせ、

第三、同年四月二八日頃同市××町所在○○酒店前の道路上において、G(当一八年)に対し、些細のことから因縁をつけ同人の顔面を手拳で殴りつけ、同人に全治まで一週間の加療を要する上口唇挫創の傷害を負わせ、

第四、昭和三二年一〇月一三日頃同市×町○○映画劇場で映画を観覧中のH子(当時一三年七月)を同映画館の婦人便所に連れ込み、同所において同女に対し「やらせろ、やらせなければ殺すぞ」などと申向けながら所携の飛び出しナイフを突きつけ、助けを求める同女の口を手で押さえるなどのおどかしや乱暴を加えてその反抗を抑厭したうえ同女が着用していたズボンやズロースを脱がせて同女を壁に押しつけ強いて姦淫しようとしたが、同女がまだ少年の実妹と同年令(中学二年)くらいであることを聞いて同情をもよおし、上記行為を中止して姦淫の目的をとげず、

第五、I、Cと共謀のうえ同年一一月五日同市×町△△番地○○○自転車店北側道路上においてJ(当一七年)に対し、些細のことから因縁をつけIがJの顔面を手拳で殴る、胸部を蹴る更に所携の果物用ナイフで腰部を突くなどの乱暴を加えたのち、少年において附近にあつた角材(三寸角長さ約一間)をもつてJの頸部を殴打し、全治まで約二週間を要する頸部、左肩胛部および右前胸部打撲傷および左腰部刺創の傷害を負わせ、

たものである。

(非行に対する適条)

第一、ないし第三、および第五の各傷害の点は刑法第二〇四条に(但し第二第五の点はほかに同法第六〇条)、第四の強姦未遂の点は同法第一七七条前段第一七九条にそれぞれあたる。

(主文に掲げた保護処分にする理由)

一、非行歴

少年は昭和二九年中に窃盗(二回)、強制猥褻(一回)を犯してそれぞれ児童相談所に通告され、昭和三一年三月六日恐喝を犯したことにより当庁において保護観察に付されている。

二、前非行および本件非行の原因

(1) 資質、性格

(イ) 少年は産れおちると旅役者である両親と諸方を廻り、四才の年、住居地に住む祖母の許で生活をするようになつたが祖母は少年に対し幼少期の適正な躾を疎略にし、時たま福島に来演する父母も多忙に紛れて少年の教育に意を用いず、ために我儘と放縦な気質が造られるに至つたこと。

(ロ) 旅役者の両親の演ずるだしものは、殆ど股旅ものであり、少年は住居地に居住する前後を通じて、しばしば股旅ものの芝居に接したり、自ら舞台の子役を務めたりしており、このような事情からまだ性格の定まらない少年はやくざの世界とその生活に対しあこがれを持ち始め、ひいては社会における正常な価値観念を身につけないでしまつたこと、

(ハ) 勤労意欲はしたがつて非常に乏しいこと。

(ニ) 知能指数は昭和三二年二月限界級、現在普通の下級であり、小学校、中学校の成績も不良であつて学業方面に劣等感を持つに至り両親の仕事である役者稼業に対しても深い興味を覚えるに至らなかつたこと。

(ホ) 容貌が比較的整つており、父親が芝居の座長をやつているうえ、小遣銭を持つていることが不良グループに入ることを容易にし、以上の(イ)ないし(二)の事由が少年の不良交友を根深くして頑強なものにしたこと。

以上の各事実を認めることができる。

(2) 環境

現在の住居地は町の盛場に近く不良交友、盛場徘徊に適し、同居の祖母は上に述べたように少年に対する適正な指導力を欠き、父母とは芝居の一座が○○に来演する際に逢う程度であるが何れも少年に対しては甘く、したがつてこの面からの保護指導も期待がもてない。

(3) 体験効果――やくざ意識

性格の一部といえるが、下記のように試験観察の成績が悪くはては本件を犯すに至つたことの原因として、以上の(1)(2)に加うるに、体験としての非行歴が不良交友と一緒になつて、少年にやくざ意識を植えつけたことがとくに強調されなければならない。

三、試験観察の成績

少年は上記第一、ないし第三、の各非行により、昭和三二年五月三一日当庁において試験観察に付されたが、社会記録中の観察調査官作成の試験観察成績報告書によれば、観察期間中の少年は上記の資質、性格における斜行性およびやくざ意識についての減少反応を全く示さず、かえつて乱暴癖、金品たかり癖を一段と深化せしめたと認められる行為をも重ね、はては本件第四、第五、の非行をなすに至つたものであつて、このことは在宅補導の可能性についての見透しをいちぢるしく減殺させた。

四、保護者

保護者(父母)は少年について改めて在宅補導を試みたいとの意向を有しているが、以上一、ないし三、において指摘した各事実を考え合わせると、上にもふれたとおり保護者が現在の少年に対する保護の能力を有しているとは到底認めることはできない。

以上の次第であるから少年の上記性格、資質の欠陥とりわけやくざ意識を矯正し、更に正常な社会の価値観念をつよく認識せしめ、健康な勤労意欲を植えつけさせるため中等少年院に速送致することが相当な保護処分であると認められる。

よつて少年法第二四条第一項第三号、少年審判規則第三七条第一項、少年院法第二条第三項を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 逢坂修造)

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